PR

不登校4

※アフリエイト広告を利用
※ アフリエイト広告を利用しています。
※ アフリエイト広告を利用しています。
不登校
記事内に広告が含まれています。

不登校生活のはじまり

小学生時代

4年生~5年生

不登校の生活が始まり、最初の頃は、ショッピングモールに行ったり、科学館へ行ったりしましたが、そのうち、周りの目を気にし始めるようになり、出かけたがらないようになりました。
勉強も進研ゼミで家で勉強することにしました。進研ゼミだけだとすぐ終わってしまうので、Z会も初めました。

空いてる時間には絵を描いたり、折り紙を折ったり、レゴで遊んでいました。私もまだこの頃はしばらくしたら、また学校へ行くだろうと考えていました。

放課後には週1回スクールカウンセラーさんと話をする機会をつくってもらいました。
ただ、日々会ったことを3人で話したリ、少しゲームをしたりして過ごしました。

そんな生活がつづき、ある日「学校行ってみようかな?」と息子言い始め。やっとこの状態から抜けられると思った矢先に コロナウィルス による休校でした。あの時、もし休校にならかったらと今でも思うことがあります。(休校にならなくても行けなかったかもしれませんが・・・。)
そして再び学校が始まってもやはり、行く事はできませんでした。

春休みがおわり、5年生の始業式、私は「先生もクラスも変わってるし行ってみたら?」強く勧めてしまいました。息子は行ったのですが、短縮授業の3日間だけ行き、また、行く事がで出来なくなりました。

担任の先生は若い優しい先生でした。でも、息子が「休み時間一人ポツンとなるし、今まで仲の良かった子とは全く話が会わなくなっていた」と言っていたので、相談しましたが、先生からの返事は「そうですかぁ~」だけでした。

将棋との出会い

それからも、変わらない日々がつづきましたが、マンガ3月のライオンと出会い。将棋にはまり、パソコンやスマホで将棋をやるようになってきたので、思い切って、将棋教室に通うことにしました。

家から近いところが、とても小さな将棋教室で、週に1回通っていましたが、しばらくするといつも同じ相手と将棋をすることが多くつまらなく感じているようでした。なので将棋教室を代えようと思った矢先、通っている教室でイベントが2日間あり、内容は他の教室の子達と将棋をやるというものでした。息子が行きたがったの出行く事にしました。

1日目は楽しかったようで、「友達が出来たー楽しかったー」と言っていたのですが、2日目の最後の方で,幼稚園の子の相手をしたようなのですが、駒落ちを命じられ、息子は金・銀・歩だけで戦わされました。金・銀・歩だけでは難しかったようで、負けてしまい。
その後、将棋をまったくやらなくなってしまいました。

早く違う教室にしてあげれば良かったと今でも後悔しています。
その後、けん玉・ルービックキューブをしたりしましたが、長くはつづかず・・・。

~ つづく ~

息子に始めて買った将棋です。

 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました